ANA国内線【PR】

スウェーデン・フインランドの終末期ケア

――終末期ケアについて、医療は?市民は?――
 はじめに
 スウェーデンとフインランドに行ってきました。大変有意義な研修でした。その中からいくつか、終末期ケアの取材ノートをご報告します。
               *
 その前に、スウェーデン情報として、スウェーデン特命大使渡邊芳樹氏の近著「分岐点―皆保険年金は結果か政策か」(社会保険実務研究所編)の一部をご紹介し、理解の一助にさせていただきたいと思います。
 「スウェーデンの医療・介護には率直にいって毀誉褒貶があります。また、試行錯誤の連続だといって過言ではありません。政治家の多くは、スウェーデンの年金改革と男女共同参画社会の構築とそれによる少子化問題からの卒業を誇りとしつつ、医療・介護(それに教育)はまだまだ改革が必要だと公言してはばかりません。・・(中略)・・この国の中では、さまざまな不具合の事実や不満の吹き出しが日々報道されます。先ずは、改善されてきたとはいえまだ残る長い待機期間、医療・看護・介護職員の不足とも関連し、病院のベッド不足、廊下入院や男女同室入院が議論を呼び、今更ながら認知症高齢者の切り札グループホームの普及制約や個別の施設での拘束問題や徘徊死亡問題が論じられ、エーデル改革後随分経った今日も高齢者の社会的入院が絶えず介護責任のあるコミューンから医療責任のある県に支払う費用が継続しています」
 補足すれば、スウェーデンでは、「医療は県」「介護・福祉はコンミューン(市など)」の責任分担になっています。
              *
 この後、大使自身が転んで骨折した時の状況が紹介されています。
 「大病院の救急外来で医師に会うまで7時間近く、明け方まで椅子やベッドで待たされました。しかし、その日の朝には別の病院の専門部分で専門医と手術計画を決め、翌日には全身麻酔の手術を成功裡に受け翌朝退院という1泊手術入院の経験をしました」
 大怪我でも入院日数1日とは。驚きました。また現地でお会いした時、「大使ということで順番を早くしてもらえるような便宜は?」とお伺いしたところ、「そういうことはなかった」ということでした。さらに著作から。
 「スウェーデンの医療・介護は劣化しているとか、元々過大評価だったという見方は心情として理解はできても的を射ていないと感じています。その中に我が国がまだまだ学ぶ要素があると考えています」
 では、終末期医療はどのようになっているか、次回では、病院医師のお話をご報告します。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2012-05-23 20:30

我が家で老いを全うできるか (4~5)

 目下、このテーマについて本を書いています。先月と先々月ではその「提言」の(1)から(3)までを紹介しました。今回は、(4)(5)書いてみます。みなさま、どうぞご感想やご意見をお寄せください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 5つの提言とは、次の5本です。
 1.介護保険は軽度重視にパラダイムシフトすべきである。
 2.介護は人生の一部であるという意識改革
 3.希望と現実のこの乖離を許してはならない
 4.我が家をナーシングホームにする道
 5.自然死の復権を
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
4.我が家をナーシングホームにする道

 ● 切り札になるか、定期巡回・随時対応サービス
 二〇二五年をめざす、地域包括ケアシステム。これは、介護、福祉、医療、住まいなどが三〇分圏域に整備されているという、高い目標を掲げるものである。その第一弾として二〇一二年四月一日から始まったのが、「定期巡回・随時対応サービス」である。
 二四時間三六五日、希望の時間に定期訪問し、オンコールを押せば随時にも対応してくれる。「単身でも、重度でも」と謳われている。しかし、要支援1・2の人は利用できない。
利用料は、包括払い。従来型の区分支給限度額の六~八割になっている。これまでの滞在型サービスでは足りなかった人には有効だが、頻回利用者は訪問介護事業所から敬遠されるのではないかとの危惧もある。新サービスを選ぶか、従来型を選ぶか、それは利用者の判断である。これは、保険者である市区町村が指定を行う地域密着型サービスで、目下どの位の利用希望があるか、取り組む訪問介護事業所・訪問看護ステーションがあるか、多くの保険者は様子見であるという。
 
● 一五万人計画で、在宅介護の限界点は上がるのか
 多額のモデル事業費を使い、期待のうちに開始されたサービスだが、二〇二五年で一五万人計画でしかない。なんとささやかな計画なのだろう。「制度はできました。でも、多くの人は利用できません」という、まさにショウ・ウィンドウ政策の感がある。理由としては、どの位の事業者が参入するか、採算ラインに達するか、働くホームヘルパーや看護師などの確保や報酬はどうなるのか、さらに頻回の訪問に家族が耐えられるか、逆に単身者には不足ではないか、夜間の鍵をあずけられるか、などがあげられている。
 この制度のキャッチフレーズは、「在宅介護の限界点を上げる」だった。市民としての期待は、介護保険施設なみの訪問にある。しかしモデルプランを見ると、定期訪問はだいたい一日三~四回程度、家族のいない要介護3以上の人には、在宅生活が可能なのか。中・重度対策といわれているこのサービスが、週二回デイサービスに行くと想定されているのも、いささか腑に落ちない。
 「施設介護から在宅介護へ」、「単身でも老夫婦でも。家族がいてもいなくても」、「我が家で老いを全うする」ための政策、「介護保険施設の入所を待たなくていいように」、多くの人々の期待を背負っている制度である。大きく育って欲しいと願っている。
 
● 在宅療養支援の旗印を掲げて
 訪問看護師は在宅療養のキーパーソンである。「病院とは違った発想で在宅生活を支える」訪問看護師は、医療と介護をつなぐ天網のような存在である。訪問看護ステーションは、開設条件や経営が厳しく、どの町にもあるとはいいがたい。介護報酬が身体介護よりも高いために、医師とホームヘルパーだけでいいといいう家族もいる。
 しかし、訪問看護師の役割は今後一層重要になる。病院からあの世に行くのはいやだ、我が家からと願っても、家族は看取りを知らない。恐怖にかられて逃げ出す息子もいる。日本人の死が、病院などに隔離されるものとなった現在、訪問看護師は家族に看取りを伝える役割を果たしている。看護師の多くが女性であるために、働き方の検討は今後の課題である。

● 介護職員の医療行為は新たな職業観をせまっている
 二〇一五年から、介護で働く人は三つの業務を受け持つようになる。「生活援助」「身体介護」「診療の補助」。これまで、違法性阻却などによって黙認されてきた「たんの吸引」などの医療行為が、業務とされた(研修などの条件付き)のである。
 関係者から賛否両論が出された。最大の論点は、「介護の本分とは何か」ということであった。介護の専門性は生活援助にこそあるという意見がある反面、たんが絡んで苦しんでいる患者や家族を助けたいといいう意見もあった。
 議論の中で「たんの吸引をしなくてもすむような介護方法の研究」がでてきたことは、大きな方向性である。
 介護で働く人は看護師などと同じ仕事をするのではない。職分として常に、利用者の「人生」と「心」への思いを抱いていてもらいたい。困るのは、「たんの吸引はします。でも掃除はしません」というホームヘルパーの出現である。
 

5.「自然なお別れ」の復権を
 ● 自然死を受け入れる社会通念
 人工栄養法などの処置を何もしないという決断には勇気がいる。本人の意思、家族の意思といっても、それが絶対的な正しさ、普遍性を持つのか、誰にも判断できないからである。それが、これまで「最期の最期まで」というような医療願望になっていた。
 今それに反省が生まれている。死に逝く人を苦しめているのではないか、平穏で自然な死、老衰こそが人の死なのではないかと。
 しかし、人々の意識、介護や医療で働く人の意識も一様ではなく「餓死」ではないかという医師もいるし、ホームヘルパーもいる。そういう言葉に傷つく家族や遺族。必要なのは厳しい倫理基準による判断、十分な説明と同意であり、「決断の支持」である。それがあって初めて遺族は、「やり尽した」という達成感を持つ。それが自然死を受け入れていく社会通念を作っていく。

● 「自然なお別れ」に向けて山が動いた
社団法人老年医学会が、終末期医療の基本原則を打ち出した。二〇一二年一月、「高齢者の終末期医療基本原則、胃ろう中止も選択肢」という立場表明をした。これまで医師の四四%が胃ろうの中止を経験している。胃ろうを希望した家族としても、途中の経過を見て判断を変えるということもあるだろうし、苦しんでいる時や何年も経過してもう十分と思った時には、撤退という選択肢もあっていいと思う。そこには、法的整備も必要である。
人生の物語を静かに終える、希望する場所で。そのことは「人生の最終章の質」を上げることにつがるものである。

● 退院支援の重要性
 退院は多くの入院患者の希望である。しかし単身者や家族に介護力がない場合、どこでどのような療養生活を送るのか、その道筋が見えてこない。年齢や疾病にもよるが、他の病院や老健施設を転々とする、騒々しい老後を生きている人も少なくない。病院関係者は退院後の生活には関心がないともいわれている。退院後の二大困りごとは「食事」と「排泄」。こうした生活援助の視点も含めて、総合的な退院支援に向けた、地域の受け皿の整備が急がれる。

● 病院と地域の開業医との連携
 病診連携がいわれて久しいが、病院から現場の開業医への情報提供は必ずしもスムーズではない。在宅看取りも個人的な熱意で行われている。在宅療養支援診療所(病院)の看取り件数もまだ点としかいえない状況である。多死社会を迎えるといわれている昨今、地域の開業医をバックアップしなければ、病院死八割の改善は難しく、在宅看取りは増えないのではないだろうか。往診してくれる開業医、いざという時にかけつけてくれる医師がいてこそ、在宅看取りが可能になる。

● 看取りの文化を市民の財産に 
 今後必要なことは、医療、看護、介護、本人、家族などが、率直に看取りについて話し合うことである。そこにはもちろん、早めの決断とか、命の切り上げがあってはならず、厳しい倫理的基準が必要である。元気なうちからの、本人の意思表示も大切である。
 看取りを家族から離れた病院で、医師におまかせする時代から、日本人の本来の姿、「我が家に、家族とお別れする場に」取り戻す時代になってきたのではないだろうか。いつ息が止まるか、見ているのは苦痛だという家族もいよう。しかしそれこそが尊厳ある生を見送る大切な時間である。そういう文化を取り戻したい。生活の中に看取りを取り戻すことは、人の命の尊厳を知ることでもある。とかく人命軽視の現代は、死を家族から遠ざけたことにもその因があるのではないだろうか。すべての人に可能ではないかもしれないが、一つの方向性として、現代の日本人の宿題であると思う。
                *
 富山県に住む勝田登志子(介護給付費分科会委員)は、五〇年前の「おわわ(祖母)の死」が忘れられない。死ぬ寸前まで働き、寝付いて一カ月。みんなが取り囲み「おわわ」「おわわ」と呼ぶ声の中で、穏やかに息を引き取った。
 「おわわの死」は、我々の原風景である。
 しかし、我々はもはやその風景には戻れない。新しい風景を求めて、動き出す時に来ている。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2012-04-17 11:37

我が家で老いを全うできるか (2~3)

 目下、このテーマについて本を書いています。先月は5つの提言のうち(1)を紹介しました。今回は、(2)と(3)を紹介します。みなさま、どうぞご感想やご意見をお寄せください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 5つの提言とは、次の5本です。
 1.介護保険は軽度重視にパラダイムシフトすべきである。
 2.介護は人生の一部であるという意識改革
 3.希望と現実のこの乖離を許してはならない
 4.我が家をナーシングホームにする道
 5.自然死の復権を
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
2.介護は人生の一部であるという意識改革

 ● 男性介護者3割、一〇〇万人時代
 家族構成や意識の変化により、家庭内での介護者は大きく変わった。嫁の介護の減少と男性介護者の増加である。その中で、妻よりも高齢化した夫の介護が注目される。
 介護のジェンダーは根深い問題である。夫婦ともに高齢化し、どちらが先に倒れてもおかしくない現代にあっても、男性は八割が「介護は配偶者に」と期待している。女性の配偶者期待は三割程度である。現実は、家族介護者の3割が男性となり、その数は一〇〇万人に達する。男女ともに、介護は人生の一部という自覚と技術が必要である。

●介護能力のない夫は介護保険を無駄使いする
 夫の介護は、「やる夫」と「やらない夫」に二極分化するといわれている。
 「自分が先に倒れたらどうしよう」、多くの女性は不安に思っている。だから、「我が家で老いを全うする」なんていうのは、男の願望であり、男のロマンであり、妻は現実的な対策を求めている。我が家というものも、放置の隠れ蓑であり、虐待の温床となりかねない。それを防ぐために介護関係者は努力しているが、その結果介護保険の無駄使いも起こっている。
 男性の意識改革は、一部は企業の責任であり、一部は保険者の責任であり、一部は夫婦間の責任である。介護保険の無駄使いを排除していくためにも、男性の意識改革を推し進めていく必要がある。

●中年就業者の離職の歯止めを
 介護による離職者が跡を絶たない。年間離職者約一五万人のうち一八%が男性である。背景には介護休業の使いにくさ、介護保険施設の利用しにくさがある。男女ともに収入の途絶は、生活をより困難なものにする。就業形態の見直し、在宅勤務の可能性なども含めて、就業継続と介護支援について対策が必要である。


3.希望と現実のこの乖離を許してはならない

●病院死約八割の現実!
 日本人の約八割は、病院から旅立つ。自宅死はわずか一二%。最近多くなったとはいえ、特養ホームなどでの死は数%である。平均在院日数三三・二日。日本人の「死の質」は良くないといわれているが、我々はそれを望んでいるのだろうか。
 国の調査によれば、六三%の人は「自宅での療養」を求めており、六六%の人が「困難」と答えている、その理由は「家族の負担」であり、「急変した時の対応」である。人々の意識の中にも、入院させることは親孝行の象徴であり、世間体もいいというものがある。人々の意識改革も必要だが、なぜ、家族の負担を軽減させる方法、急変した時の対応について総合的な取組みが進まないのだろうか。
 病院での死は、「患者の死」であって、「人生を抱くその人の死」ではない。

●我が家には本当の顔がある
 病院で見せる顔は、よそ行きの顔である。その人らしい顔とはさまざまだが、多分穏やかでしたたかな表情だろう。その人の生きる場に、その人の顔がある。
 しかしながら、我が家での介護は美化されてはならないものである。
 在宅介護には、「体力とやる気と経済力」が必要だといわれている。三世代同居でなければでき切れないと明言する家族もいる。何よりも地域の介護資源とつながっていることが、家族を助ける。がん末期を一人苦しんで生き、一日の入院で息を引き取った男性の事例は、在宅ホスピスまで枠を広げた在宅介護の必要性を示している。その人らしい顔のために、その人らしい最期は不可能だろうか。たとえ、一人暮らしであっても。

●我が家の力のふしぎさ
 退院してきてから認知症が収まった、乳がんが崩れて胸の骨が見えているのに痛がらない、などのさまざまなふしぎさが関係者から語られている。我が家の持つ力、あるいは木の家の持つ力には驚かされる。命に関わる総合力のようなものが、このふしぎさの背後にあるのかもしれない。
 しかしながら、どんなに固く決心して取り組んでいる家族でも、必ず疲れが出てくる。介護というのは、終わりが見えない。「終わってはじめて終わりが分かる」というもの、そのストレスは強烈である。家族へのレスパイトサービスは非常に重要である。関係者は、頃合いを見計らって入院などをすすめてみることも大切である。ほとんどの家族はすすめに従うという。我が家のふしぎさにも、限界がある。
 希望する場所で人生を終える、この希望に現実を近づけていく努力が今国民にも、国にも求められている。希望と現実の、このあまりの乖離を許してはならない。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2012-03-18 14:40

我が家で老いを全うできるか

 我が家で老いを全うできるか (1)

 目下、こんなタイトルで本を書いています。これから5回、この作品の終章から5つの提言を取り上げて、この欄で紹介していきます。みなさま、どうぞご感想やご意見をお寄せください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 5つの提言とは、次の5本です。
 1.介護保険は軽度重視にパラダイムシフトすべきである。
 2.介護は人生の一部であるという意識改革
 3.希望と現実のこの乖離を許してはならない
 4.我が家をナーシングホームにする道
 5.自然死の復権を
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 今回は、この5本のうち、1.を取り上げます。

1.介護保険は軽度重視にパラダイムシフトすべきである。
 
●「つながっている」安心感が人を強くする。

人は不意に老いに捕らえられる。ある日圧迫骨折を起こして、日々背丈が縮んでいく。その日々の不安、支えてくれるのは生活援助のホームヘルパーさんである。その一方で助けなんかいりませんと頑張る人もいる。そんな人でも冷蔵庫の中が片付き、差し出される一杯のうどんに心を開く。認知症でガスが止められていても、夫の仏壇の側から離れたくない人もいる。年齢も老いの相貌もちがうけれど、日々老いと闘い、また老いと折り合いをつけて生きていく。それが人間の生活というものである。
介護保険の平均利用年齢八二・五歳。生活援助利用者は、多くが一人暮らしだ。それでも我が家での生活をと頑張る。生活援助を通して、国の制度につながっているという安心感があるから頑張れる。「国の制度だから大切に」といわれて、つつましく利用しひっそりと生きている。安心感が生活の支えである。

●「清潔」「栄養」「会話」は、生活構築の三種の神器

 「清潔な身体や住環境」「適切な栄養」「ちょっとした会話」、この三つは老いの生活を支える柱である。これらは主に生活援助の内容だが、その提供時間を二〇一二年四月一日から従来の六〇分を四五分に縮めた。多くの利用者はさらに利用が窮屈になり、十分な生活援助が受けられなくなる。ホームヘルパーのサービス残業も多くなり、離職が進むとも予想される。
 四五分に連動して、一五分五〇〇円の自費サービスも広がっているようだ。自立支援のために、つまり廃用症候群を防ぐためにと提供時間を削ってきたはずなのに、結局は自費負担を増やすための政策に過ぎなかった。今後は経済力の差で、上記三種のサービスは違ってくる。介護保険は国の最低基準として「ここまでは守ります」という意思表示であったはずなのに、その基準がぐずぐずにゆるんでしまった。六〇分に戻すべきである。
今後も単身生活者、老夫婦世帯は増えると予測されている。生活の主人公でいたいという、その自立心を守る生活援助こそが、介護保険の本丸である。

●生活維持能力の向上には、「幸福感」が大切

 重度になった方への手厚い介護は重要である。さらに将来七五歳以上人口は増加し、それによる介護費・医療費の増大も予想されている。しかしだからといって、現在つつましく利用している人のサービスを縮小させる理由は何なのだろうか。生活援助はそのエビデンスの証明が見えにくい。一年、二年のスパンが必要だし、そこには加齢というマイナス要件も関わってくる。
 しかし、生活援助は単なる保護的サービスを提供しているのではない。少しずつ生活維持能力の向上に関わっているし、何よりも「明るくなった」「生きていていいのね」というようになったなど、幸福感に関するエピソードも数多く聞くものだ。
「軽度のうちから介護保険を利用して自覚的に生活する」「重度化を防ぐ」、そのための生活援助の提供の工夫はもっとあっていいだろうとは思う。二〇一二年の改定で、「生活機能向上加算」がつき、その一歩を踏み出したが、その全貌はまだ見えていない。
今後介護保険は、大量に増える軽度利用者のための人道的な自立支援を提示してもらいたいものである。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2012-02-24 10:25

「生活援助45分」、やっぱり反対です。

 今月末には第五期介護報酬が、1月末に発表される予定です。
生活援助が「45分」になるのは、明らかです。ですから、ここに載せる原稿は、過ぎた話題かもしれませんが、もう一度述べておきたいと思います。何度でも反対を表明しておくことは、重要なことだと思うからです。
               *
 介護保険が始まって12年が経ちました。12月5日社会保障審議会は、2012年度からの介護報酬を見直す、「審議報告」を発表しましたが、そのなかで注目すべきは、ホームヘルプ・サービス(訪問介護)の「生活援助」の介護報酬を、現行の介護報酬基準の60分から45分に短縮する提言でした。掃除や洗濯、調理など日常生活の支援をするのが「生活援助」ですが、すでに2006年改定で90分が60分に短縮され、在宅利用者からの苦情や不服の訴えが続いているものです。
この15分削減案は、週数回のホームヘルプ・サービスで暮らしを守ってきた約180万人、80代、90代が6割を占める利用者にとって、施設利用や、今まで以上に通所介護へと誘導されかねないもので、選択の権利が失われる怖れがあるものです。
 これまでにも、「生活援助」は利用者を怠けさせ、その結果廃用症候群を助長し、要介護度が悪化するという非難がありました。しかし、常識的に考えても、週2回か3回、一回1時間程度の「生活援助」利用が廃用症候群を起こすとは考えにくく、医学的見地からも、この意見には異議が呈されているものです。
* *
じつは、前記審議会において、事務局の厚労省は「生活援助」の一回あたりの平均提供時間は70分(平成23年度介護事業経営実態調査)と発表しています。なぜ「45分」案が出てきたのか。その根拠として、厚労省はホームヘルパーの「掃除」「洗濯」「調理」などの平均提供時間は15分程度と報告しました。3種類で45分。しかし、その調査は事業者が記入したおおまかな時間の平均値であり、調査員がストップウオッチで実測した科学的データではありません。
 今後、増えるのは単身高齢世帯と高齢夫婦世帯です。住み慣れた地域で、我が家で老いをまっとうしたいと願い、「清潔な生活」と「適切な栄養」、「ちょっとした会話」を求めています。これは、「わがまま」でしょうか。「生活を守ることによって、重度化を防ぎたい」という高齢者の切実な願い、その重要性が、なぜ理解されないのでしょうか。
**
短時間化によりホームヘルパーの労働条件がさらに悪化し、離職率も高まるのではないかという心配もあります。日曜祝祭日を問わず、いかなる暴風雨の日も生活援助で働くホームヘルパーに怒りが広まっています。利用者を観察する時間や必要なサービスの提供が減り、「生活の質」の低下を招くからです。
「生活援助45分」は撤回してもらいたいものです。従来の60分基準の維持、もしくは平均提供時間の70分基準を設定すべきです。
今回の改定ではダメでも息長く、訴えていきたいと思います。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2012-01-15 19:56

人工栄養法など、初のガイドライン案

 2011年12月、東京大学安田講堂において、老年医学会主催のシンポジュウム「認知症の終末期ケアを考える」が開かれ、その席上、人工栄養法のガイドライン案が提示されました。講堂は満席で、いかにこの問題に関心が高いかを物語っていました。 
 
 ここでは「人工的水分・栄養補給法」は、artificial hydration and nutrition 、AHNと 略称されている)
 ガイドラインは、三つの分野に分けられています。
1.医療・介護における意思決定プロセス
2.いのちについてどう考えるか
3.AHN導入に関する意思決定プロセスにおける留意点
 それぞれの分野ごとに膨大な内容を含むものですが、翌日の朝日新聞がサブタイトルに<「使わない」選択肢も提示>と出したように、老年医学会として明示したことの意義は大きいと思います。これまで、個々の関係に中では行われてきたことですが、ここで明確になりました。
 この中で興味深いのは、2.3です。

 2分野の「いのち」については、前文においてこう述べられています。 
「 本人にとって真に益となる途を、個別事例ごとに見極める努力をする」
 3分野の「留意点」においては、3.1として、こう書かれています。少し長いけれど、引用すします。
「本人と家族が、現状およびAHN導入に関して、なにもしないことを含め候補となる選択肢を示され、各選択肢が本人・家族の生活にもたらす益と害について知らされ、理解した上で、何よりも本院の人生のあり方に照らしつつ、さらに本人・家族のともに生きる人生の物語に配慮しつつ、最善の道を選ぶことができるように支援する」
 本人・家族のともに生きる人生の物語への配慮。「最善の道」、ここには、医療の中に人間がいると思わせてくれる一文です。他にも、本人の益にならないと判断した時には、AHNはしない。中止や減量もあり得る。家族の都合でAHN導入如何が左右されないように、配慮するということです。
 「(略)現在の環境の許容範囲内でできるかぎり本人の最善と家族が許容できる負担内で納める道を探す努力をする」

 当然ながら、ここには「使う選択肢」もありますが、それには何よりも、1の分野で示されたような「意思決定プロセス」における、医療・介護従事者の患者本人や家族とのコミュニケーションが大切であると思います。
 この日のシンポジュウム、およびガイドライン案の発表は、日本人の意思決定に大きく寄与するものです。正式に発表される日を待ちたいものです。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2011-12-26 10:06

女性の疾患と生活援助

  このところ膝が痛かったり、腰が痛かったりと、思わぬ毎日です。友人の木間昭子さん(介護給付費分科会委員・他)からメールが来て、「OOが減らせるといいのですが」。
  まこと憎きはOO。お呼びでもないのに、人の腹の上にくっつき、洋服を着られなくさせ、あげくに痛みまで招いてくれて。
 近所のホールで、「中高年の膝・股関節痛と最新治療」という講演があったので、出かけてみました。講師は東京大学大学院総合文化研究科准教授の福井尚志先生。資料のグラフを見て驚きました。変形性関節症罹患の男女差では、圧倒的に女性が多いのです。コメントにこう記されていました。
 「65歳以上の女性では、軽症のものも含めると2人に1人の割合で、膝の変形性関節症に罹っている」
  しかも、国際比較で見ると、日本の女性は、北イングランドの女性に次いで多く、その罹患率はスウェーデン、オランダ、米国よりも高いのです。驚くではありませんか。
  この差はどういうものか質問してみましたら、「人種間に罹患率の差はない」という答えでしたが、しかし、有意差はないかもしれないけれど、傾向としてヨーロッパ女性より日本の女性は膝の苦しみを抱えているといえるのではないかと思います。また、女性に患者が多い理由としては、「はっきりとは分らないが、女性は骨が崩れやすい。骨粗そう症も影響しているのではないか」ということでした。
                 *
 男女差については、厚労省の「国民生活基礎調査」(平成19年)でも明らかにされています。「要介護者等の性別にみた介護が必要となった主な原因」を見ると、
 男性:「脳血管疾患」36.9%、「認知症」12.0%、「骨折転倒」6.0%、「関節疾患」6.0%
 女性:「脳血管疾患」16.8%、「認知症」15.0%、「骨折転倒」11.1%、「関節疾患」15.9%
 明らかに男性と女性とでは、疾患が違い、男性は4割近くが「脳血管疾患」なのに、女性では2割に満ちません。その代り「関節疾患」が女性では男性の3倍近く、「転倒骨折」も2倍近くです。
 このことは、女性では男性よりも、骨や関節の病が多く、かつ転びやすく、日常生活に困難を抱えている人が多いということになるのではないでしょうか。
                 *
  介護保険の利用者は72%が女性です。多くの女性が軽度のうちからの生活援助を願っています。それには、こういう関節や膝の痛みを抱えていて、でも「要支援1・2」程度にしか認定されない女性の、生活維持への危機感もあるのです。女性は65歳を過ぎると、2人に1人は膝の変形性関節炎に罹っている、そういう人が重度にならないように介護保険が守る、多くの女性の期待はここにあります。生活援助を45分に切り刻む非情さは、目先の財源からだけの発想である上に、軽度で健やかに老いて人生を閉じたいという願いに背き、手術やら薬やら医療費の拡大につながるでしょう。
  要介護度別に世帯類型をみると、相模原市の調査では、「要支援1・2」のうち53.9%が「単身」という結果が出ています。女性に「単身」が多いことからすれば、この53.9%のかなりが女性、膝などの痛みに耐えて一人で暮らしている女性も多いはずです。こういう人に介護保険は、どれほどの温かい手を差し伸べてくれるのでしょうか。
  介護給付費分科会には医師・看護師の委員が25人中6います。しかし、女性の身体や疾病構造の視点から、生活援助の大切さを述べる委員がいないことは大変残念です。
  女性高齢者の生活維持こそが将来的な財源削減になるということを、多くの有識者に分かってもらいたいと思います。もちろん私もOOを減らす努力をします!!

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2011-11-20 15:52

生活援助「45分」とは!

 皆様もうご存知のことと思いますが、10月17日の社保審―介護給付費分科会において、「訪問介護の基準・報酬について」が出されました。内容は、「生活援助の時間区分等の見直しについて」です。
 現行では、生活援助が中心である場合、「30分以上60分未満」「60分以上」ですが、見直し案では「45分未満」「45分以上」と、短縮するという内容になっています。いったいこれは、どういう根拠にもとづくものなのでしょうか。
 その説明として、株式会社EBP「訪問サービスにおける供給体制に関する調査研究事業」の資料が根拠になっています。EBPとは立派な会社だと思います。でも、サンプル数は「N」として表示されていますが、どんな調査方法だったのかよく分かりません。その資料によれば、「掃除(N=1.002)27.0分」「一般的な調理・配下膳(N=754)」32.2分、「買い物・薬の受け取り(N=497)」28.7分となっています。
               *
 問題は、次のコメントです。
 「生活援助については複数行為を組合わせて行われることが多いが、一つの行為は15分未満ですむ場合もあり、組み合わせによっては30~40分程度になる」
 この組み合わせ事例では、「洗濯」は15分となっています。もちろん、洗濯機が回っている場合は、掃除とか他の仕事をするのですが、洗濯といってもさまざまです。おしっこや大便で汚れたシーツなどを、洗濯機にいれることはできませんから、手洗いになるのです。認知症の方が非常に多いことを忘れてはなりません。しかも非常に高齢なのです。「干す」「乾いたものをたたむ」「収納する」など、洗濯に関わる行為は、どう算定したのでしょうか。この(株)EBPの調査担当者に参考人としてご出席いただき、説明を願いたいものです。
              *
 当然ながら、制度は大切に使うべきものです。しかし、どうして生活援助が、あたかも「親のカタキ」のようにされるのでしょうか。かつての「生活援助を介護保険からはずす」という議論からすれば、45分でも残ったことをよしとすべきなのかもしれませんが、しかし、これで自立支援になるのでしょうか。納得のいく説明がない限り、利用者からの不満が殺到するでしょう。
 他に説明グラフとして、「掃除は軽度の人ほど使う」とあります。これは、世帯類型との関連で見なければ正しい解釈にならないと思います。私の仮説ですが、「軽度の人には単身や高齢世帯が多い」「重度になると、家族に引き取られるなど同居が多くなるので掃除は頼まない」と思います。この辺のデータは、保険者に当たらないと、無いそうです。このブログをお読みの方、データがあれば教えてくださいませんか。私も探していますが。
               *
 働く人はこの改定をどう思うでしょうか。離職が増えるのではないかと心配です。家政婦紹介所の方にお掃除の手伝いを頼んだことがあります。彼女は、2級ヘルパーの資格を持っており、介護保険でも働いたことがあるそうですが、「1時間なんて、馬鹿らしくてやってられない」と辞めたということです。それが45分になったら、もっと「やってられない」状況で、辞める人が増えるのではと心配です。
 制度を大事に使うために、何を削り節約していくのか、これは大切な議論です。しかし、議論の場が、掃除も洗濯もしたこともないであろう男性、しかも地位も金もある男性の発言の多いこと、さらに医療系の委員の軽度者バッシング発言に、深い憂慮を覚えずはいられないのです。老いて、生活するとはどういうことか、老いの尊厳に立ち戻る必要があると思います。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2011-10-22 19:46

地域包括ケアシステム/



略称
「24時間地域巡回型訪問サービス(報告書タイトル)」、「定期巡回・随時対応サービス」、「24時間対応在宅サービス」、他。<どれかに統一して欲しいものです。>

「24時間地域巡回型訪問サービスの基本的考え方」

【最終的な目標】
「単身・重度の要介護者」であっても、在宅を中心とする住み慣れた地域で、尊厳と個別性が尊重された生活を継続することができるような社会環境の整備
○「地域包括ケア」の仕組みを支える基礎的サービス
○適切なアセスメントとマネジメントに基づいて、介護サービスと看護サービスが連携を図りつつ、「短時間の定期訪問」「随時の対応」「必要な対応」「必要な量と内容」のケアを一体的に提供する「まったく新しいサービス」
<在宅限界点を上げたい><特養ホーム待機者を減らしたい>

【基本コンセプト】
①一日複数回の定期訪問と継続的アセスメントを前提
②短時間ケアなど、時間に制約されない柔軟なサービス提供
③「随時の対応」を加えた「安心」サービス
④24時間の対応
⑤介護サービスと看護サービスの一体的提供

【ポイント1】
●サービスの対象者像
○要介護1以上 <転倒などの危険性は、要支援などの方が多いのでは?>
  ○認知症高齢者の在宅生活を支える上でも有効 <認知症のレベルは?>
● マネジメントのあり方
  ○介護職員や看護職員によるチームが行う継続的アセスメント
  ○より効率的な移動ルートの設定、介護従事者の効果的投入
  ○24時間地域巡回型訪問サービス事業所と「共同マネジメント」
  <今後ケアマネジャーは、「これまでのマネジメント」「継続的アセスメント」「共同マネジメント」の三つを行う>

【ポイント2】
●介護サービスと看護サービスの一体的提供
○看護職員は、①利用者に対する定期的なモニタリング・アセスメント。②訪問看護指示書に基づくサービス提供。③体調変化時の判断や医師との連携。④介護職員に対する療養上の助言等
  ○24時間地域巡回型訪問サービス事業所は、介護職員と看護職員を配置。外部の事業所との密接な連携
 <自分が所属する事業所以外の看護職員や介護職員とも連携する>
●職員配置
○常勤職員の雇用をすすめ、勤務ローテーションを安定化。モーニングケア、食事、ナイトケアなどの時間帯では、短期勤務職員も
  ○他の24時間対応の介護サービス事業所や施設との緊密な連携
 <他の事業所の見知らぬ利用者のところに急遽「行け」といわれたら?>
●随時対応のための職員配置
○オンコールに対する職員は、一定の知見と実務経験。看護ニーズに対応するため 
   の、看護の専門知識を有する職員からの助言体制
  ○多様な地域資源、インフラの活用。双方向通信が可能なICTの活用
 <オンコール機種はさまざま。携帯電話活用のコールも。オンコールの受け手は、介護保険施設?夜間は、そこから職員が出る?一人?二人?>

【ポイント3】
●事業者
○30分程度の範囲
  ○地域密着型
  ○利用者の事業者選択の自由の確保
 <「定期訪問時のサービス提供時間が実際には、予定よりも短時間で終了する場合や、排泄の介助においても予想外に汚れがひどく、着替えも含め、介助に予定よりも長い時間を要することもある」・・・「実際のサービスにおいては、施設のケアと同様に、提供のタイミングを変更しながら、「時間」の概念にとらわれない」。つまり、20分ルールなどはなくなるということか>
●報酬体系のあり方
○施設と同じく、包括定額払い
  ○事業者の提供控えは、保険者の責任
 <要介護度別に金額が決まるようだ>
●本サービスの事業者・従業員に与える影響
○サービスの提供密度が高まる。職員稼働率の向上。より効率的なサービス提供が可能に。事業者の経営の安定。常勤職員の雇用機会増大。介護職員の処遇改善
  ○利用者のニーズを総合的・継続的にささえることで、専門性の向上。やりがいの醸成
  ○チームケアの概念がより強化される
 <いい影響ばかりが強調されています。この通りになることを期待>

【まとめと意見】
[理念と利用者像について]
今後、在宅限界点を上げ、入院や特養ホームの待機者などを減らすというのは、理想としていいことだと思いますが、利用対象者は介護1以上です。これでいいのでしょうか。報告書の文中、転倒などの緊急事態という文言もあり、ならば転倒などの危険性の多い要支援などの方も利用対象にすべきではないでしょうか。また、ガン末期の方でも要支援者はいるのです。
 制度導入後は、「従来の滞在型」か「24時間か」選ぶことになりますが、要介護度別の
利用料(報酬)が、どうなるかそれによって判断も違ってくるでしょう。大変気になると
ころです。「単身でも重度でも」といわれていますが、認知症の人の状態像はどのようなも
のでしょうか。

 [サービスの中身について]
 30分の短時間ですが、依頼する内容は何でもいいのでしょうか。たとえば、午前中2
回のプランで、一回目の30分は掃除、二回目には身体介助、午後の3回は、調理と洗濯
などのような生活援助でもいいと聞きましたが・・・。すべて、身体介助とか吸引などの
医療行為でなくてもいいと。
 
【包括払いについて】
介護度別の包括払いになるとのことですが、他に通所介護や福祉用具などの利用も認め
られています。その利用料は、包括金額の中に入るのか、別枠でプラスαになるのでしょうか。

 【提供控えの事業所へのペナルテイ】
 保険者責任ということですが、具体的にどういう形になるのでしょうか

 【事業所の囲い込みについて】
 モデルの図のように、各事業所が45人ずつになるとはまず思えません。自分はB事業
所のサービスを願っていても、A事業所が手放してくれないということもあるのではない
でしょうか。

 [ケアマネジメントについて]
 今後、ケマネジャーは、「これまでのマネジメント」「継続的アセスメント」「共同マネジ
メント」の三つを行うことになります。このことによる報酬の違いはあるのでしょうか。
介護職もまた、自分が所属する事業所以外の看護職員や介護職員とも連携することにな
り、場合によっては、他の事業所の見知らぬ利用者のところに、急遽「行け」といわれることも。

[オンコールの受け手や機種は?]
オンコール機種はさまざま。携帯電話活用のコールも。オンコールの受け手は、介護保
険施設とか、訪問事業所?夜間は、そこから職員が出る?深夜などの場合、一人?二人?

 [介護職にとって]
 准夜、深夜、早朝などの労働報酬は?事故や防犯などの対策は?
 交通費、所要時間の手当て、記録などの時間への報酬は?
 医療行為を行う介護職への報酬は?
いい影響ばかりが強調されています。離職が多くなるのではと懸念されていますが、報告書で強調されている通りになることを期待しています。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2011-09-17 17:02

訪問入浴看護師さんの喀痰吸引

過日、ある市に住む、要介護5の男性を取材させていただきました。70代後半です。妻も大きな手術をして、娘さん夫婦が子ども連れで引っ越してきて、介護にあたっています。やはり在宅介護には、「健康で、健気で、賢い」「娘か嫁」がいなければやり通せないのか、考えさせられてしまうものでした。
                *
問題は、訪問入浴介護の同行看護師さんが「喀痰吸引」をしてくれないということでした。なんと、看護師さんに押さえてもらっていて、家族(娘さん)がやっているそうです。もしこの娘さんがいなければ、吸引はどうなるのでしょうか。緊急にケアマネに連絡して訪問看護師に来てもらうということでしょうが、早くても10分はかかるでしょう。その間の苦しみは、いかばかりのものでしょうか。入浴後は痰が出やすくなるとも聞いています。
 これは、制度上で禁止されているのか、あるいはその市のみなのか、その業者さんの判断なのか、いかがなものでしょうか。ある大手の訪問入浴業者の責任者の方に、メールで問い合わせをしました。以下はその回答です。
               *
結論から申し上げると、訪問入浴介護は在宅で介護を必要とされている方の 日常生活の自立を支援する介護サービスであり、医療処置を行うことは 業務に含まれておりません。看護師が帯同しているからといっても、訪問看護としてではなく、訪問入浴介護になってしまいますので、診療の補助行為は出来ません。ですので、地域というよりは、その事業所の判断等の理由により、痰の吸引等は実施しないこともあります。また、実施となるケースであっても、 訪問入浴介護事業者側にはリスクも高く安易に受け入れることが不可能な状況といえます。

他の方にも聞いてみたところ「業」が違うということで、制度的に許されていないということでした。
 しかし今、介護職に「喀痰吸引(部位は限定されるにしろ)」が認められた時代に、看護師が出来ないというのは、どう考えたらいいのでしょうか。再度、メールをしました。
              *
「医療処置は業務の中に含まれていない」とうこと、いささか驚いておりますが、国の定めなのですね。 あと、2点お教えいただけますでしょうか。
  ① 医療処置の中に、褥瘡の手当ては含まれているでしょうか。
 ② 今年の法改正によって、介護職も50時間研修で、部位限定であるにしろ喀痰吸引が出来るようになりました。としますと、今後、看護師さんは吸引できないけど、同行の介護職などに資格があれば吸引するという事態もあり得るのではと思うのですが・・・。    御社としていかがお考えか、お教えいただければと存じます。
                *
 回答は以下のようなものでした。
 ① 含まれます。
 ② 「指定を受けた介護職が口腔内吸引が可能」ということはありえます。
   しかし、事業所の見解で前述の介護職に吸引させる許可はしないと思います。
   いずれにしましても、指定事業所の見解にかかっていますし、その地域の保険者である市町村行政が、その地域の介護サービスがどのようにあるべきかを本気で考えているか否か、にかかっていると思います。
                *
 褥瘡の手当ては出来るが、喀痰吸引は出来ない、一般人には理解出来ない話です。
訪問入浴は、日本の入浴文化に根付くすばらしいサービスです。諸外国ではほとんど見聞きしません。そかし、その現場では、「入浴後身体が温まって痰が上がってきた」「その時喀痰吸引ができる家族がいるかどうか」「許可を受けた介護職がいるかどうか」で利用者の苦しみが違ってきます。その場にいる看護師さんはどう思っているのでしょうか。もしかしたら深くプライドが傷ついているのではないでしょうか。
 今後ほんとうに在宅介護を推進するならば、拙速に介護職の医療行為を認めるだけでなく、こういう訪問入浴の現場もまた改善されるべきではないでしょうか。
                 *
 この問題についての皆様のご意見などをお待ちしております。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by n-okifuji | 2011-08-17 11:59

< 前のページ 次のページ >